2022年6月30日平野朋子博士

2022年6月30日

平野朋子 博士

京都府立大学 准教授

どのように「虫こぶ」形成が起こるか?

 昆虫の中には,植物を操って「虫こぶ」を作らせるものが存在する.

「虫こぶ」は,昆虫が幼虫期間に外的から身を守るためのシェルターであり,植物の栄養をとって過ごす餌場である. すなわち,虫こぶ形成昆虫は,単純に有限な餌として植物組織を食べるだけにとどまらず,植物の可塑性を利用して,植物の「葉」などの一度完成された器官をそれと全く異なる「果実」のような「虫こぶ器官」に作り変えるのである.

 それでは,昆虫の「何」が植物の「何」に作用して,どのようにして虫こぶが形成されるのか?

「虫こぶ」形成は,不思議な現象として,はるか何世紀も超えて人々の好奇心を掻き立ててきたものの,その知見は主に昆虫学にあり,植物側や相互の分子生物学的な研究はほとんどなされてこなかった.それは,アブラムシ,ガ,ハエ,ハチ,ゾウムシなどの多種の虫こぶ形成昆虫が各々決まったホスト植物にしか虫こぶを形成せず,昆虫の種類の数だけ異なる形態の虫こぶが存在することなどから,「虫こぶ形成はケースバイケースの事象で一般化できない」という常識,そして,虫こぶ形成昆虫と寄主植物にモデル生物が存在しないことに起因している.

 そこで,私たちは,まず,虫こぶとは器官なのか?組織なのか?何でできているか?など,物体としての共通の特徴を紐解くことから始め,複数種類の虫こぶの遺伝子発現解析の比較を行った.その結果,虫こぶ器官は,花器官形成遺伝子や果実形成遺伝子の部分的な発現で形成され,いわば,花器官の変形であることがわかった.

同時に,モデル植物シロイヌナズナが虫こぶ形成昆虫の破砕液に反応して虫こぶ様構造を作ることを発見したことを端緒にして,モデル植物を用いた虫こぶ形成メカニズムを解析する新規バイオアッセイ,Ab-GALFA(Arabidopsis-based GALL FAMATION ASSAY)法を開発し,虫こぶ形成に共通する分子メカニズムを解明することに挑戦した.続いて,新規スクリーニング法によって,昆虫が分泌する虫こぶ誘導因子とこれに結合する植物側受容体候補を同定した. 

 本セミナーでは,これまでの試みの進捗を紹介すると共に,虫こぶ形成メカニズムの謎を追求する過程で派生した実用技術への応用についても紹介する.