2020年5月29日高橋佑磨博士

2020年5月29日

高橋佑磨博士

千葉大学理学研究院

多は異なり:種内多様性の進化の生態的創発現象

More is different(多は異なり)。これは、Science誌に掲載されたノーベル物理学賞受賞者のP. W. Andersonの論文の表題である。この言葉に表されるように、物理学では、原子や電子の個々の性質をいくら明らかにしても物質全体の性質を説明したり理解することは難しい。同様のことは、生物学においても認められる。個々の細胞や遺伝子の機能がわかっても個体の振る舞いは予測できないし、個体の行動を理解したからといって社会や集団の性質はわからない。個々の要素が集まったことによってはじめて生じるシステム全体の新たな性質や機能があるためだ。このように、あるシステム(系)が要素が集合する結果として新たな特徴や機能をもつことになるという現象は「創発性」と呼ばれる。高次の生命現象を理解するためには、創発特性の理解は欠かせない。

 生態学においては、創発特性の一つとして「多様性効果」が知られている。複数の種で構成される生態系では、個々の種の特徴から推定されるよりも高い生産性や安定性が達成されるのである。多様性効果は種内でも認められ、多様な形質をもつ個体で構成される集団のほうが、単調な集団よりも生産性が高まることがしばしばある。しかし、種内にしろ種間にしろ多様なシステムであればつねに多様性効果が検出されるというわけではない。本講演では、種内で認められる多様性効果の強さや方向性の条件依存性をキイロショウジョウバエにより検証した研究例を紹介する。さらに、野外のショウジョウバエ類に着目し、フェノミックデータから多様性効果に影響する形質を探索しようとする現在進行系の研究を紹介する。また、生態的なビッグデータを用いて多様性の生態的波及効果を検証した例にも触れたい。時間があれば、今後の企みも少しだけ。